金継ぎに興味を持つ方、金継ぎキットをすでに購入した方から、「木製品や漆器も金継ぎで直せますか?」というご質問をいただくことがあります。今回は、木製品や漆器の漆による補修について、よくある疑問にお答えします。
つぐキットは木や漆器も修理できますか?
金継ぎは、漆を使った漆芸の一つの技法です。
そして「つぐキット」は、「陶磁器」の修復を行う金継ぎを目的として作られた、金継ぎキットです。
本物の漆が入っているため、漆器の修復にも使用が可能なこともありますが、後述の通り、漆器は非常にデリケートで、難易度が高いです。
結論から言うと、漆器の補修につぐキットはおすすめしません。
しかし、その器のタイプや破損の仕方によっては、つぐキットで金継ぎのように修理ができるものもあります。(ただし、漆器特有の注意点もあります)
現在、木製品や漆器をきちんとお直しできるキットは、世の中に存在しないように思いますので、
当社が知っていることを全てこの記事に書いて、皆様の疑問が少しでも解消されるとうれしいです。
漆器の蒔絵(まきえ)が剥がれたのをつぐキットで直せますか?

蒔絵とは、漆で模様を描き、金粉や銀粉を蒔いて装飾する技法です。
つぐキットに含まれる弁柄漆と金粉を使えば、蒔絵ができますが、
蒔絵に特化したキットとして「蒔絵キット」も販売しています。
しかし、蒔絵キットとつぐキットのどちらを使っても
「修復」という観点では、元の蒔絵と同じデザイン・質感・仕上がりにはできません。
使用する漆の色や塗る厚さだけでなく、金粉・銀粉の種類が異なるため、元のデザインと違う色味や仕上がりになるでしょう。
蒔絵キットは、木製品・漆器の上に、新たな蒔絵をデザインすることを楽しんでいただくために作られています。
さらに難易度が高いのが、「漆器が古くなって表面が剥がれてしまった」のを修復することです。
広い範囲の漆コーティングの剥がれの補修は、とても高度なテクニックを要します。
同じような色の漆を作って何度も塗ったとしても、表面が平らにならなかったり、同じ色や質感にはならず、ツギハギの見た目になってしまうでしょう。
もし、元通りに近い美しい修復を希望される場合は、購入した漆器のお店に相談することをおすすめします。
割れた木製品や漆器を金継ぎで修理できますか?
金継ぎは本来、陶磁器の修復技法です。修理の対象としている素材が違うため、木製品や漆器が割れたり欠けたりヒビが入っていた時、修理における注意点が異なり、全く同じやり方では修理できない…正確には、美しく仕上がらないことが多々あります。
例えば、木は漆を吸い込みやすいため、接着やヒビの修理のために生漆を染み込ませると、生漆を塗った部分が内側からシミとして周囲へ広がることがあります。せっかく金継ぎの細い金のラインの仕上がりを楽しみにして修理したのに、黒いシミが目立って取れなくなります。
シミは木地の内側から広がるだけでなく、上からもシミもこびりついて取れなくなるので、注意が必要です。
表面に錆漆や刻苧を塗る時は、マスキングテープで入念に修理箇所以外の表面を保護しておく必要があります。

また極度に乾燥した漆器は、木の収縮や変形が生じているので、割れた陶磁器のようにうまく接着したり、ヒビを修理できないことがあります。
さらには、漆器の表面に塗られた漆のコーティングや繊細な蒔絵のデザインは、サンドペーパーで研ぐと傷つきやすく、金継ぎ中にうっかり破損部の周りに傷がついてしまうことがあります。錆漆を塗る時は破損部以外の表面をマスキングすることはもちろん、研ぐときは細心の注意が必要です。
これらの理由から、もし大切な漆器を確実に修復したい場合は、漆器専門の修復師に依頼するのがおすすめです。
漆は一度塗るだけで、木製品をコーティングできますか?

木の漆塗りは、何度も漆を塗り重ねて制作します。漆を塗っては布で拭き(乾かし)、塗っては拭き(乾かし)を繰り返す技法を、「拭き漆(ふきうるし)」と言います。
1回目の漆塗りでは、生漆がたくさん木に染み込まれます。
そして1回塗っただけでは、防水効果も弱いです。また、塗った漆のムラも目立ちます。
日本の漆器職人は、美しい仕上がりを目指して、何度も漆を塗り重ねています。
そのため、木製品を漆で保護する場合は、1回の塗布では不十分であることが多いです。
例えば次の写真のようにツヤのある拭き漆は、16回も漆を塗り重ねて作りました。純粋な生漆だけを塗っているのではなく、途中の工程で米糊と砥粉と漆を混ぜた「ハチ錆漆」と呼ばれる別の漆も使用して目止め(凹凸をなくす)をし、最後は胴摺り粉と呂色磨粉を使って磨き上げています。
こんなに手をかけて美しく仕上げる必要がない場合でも、最低でも3〜6回は生漆を塗ることをおすすめします。

では、金継ぎで余った生漆は他に利用できないのでしょうか? そんなことありません。
使用期限が迫ってきて、まだたくさん余っている生漆をなんとか使い切りたいあなたには、金継ぎではなく、使い古した木の製品に、遊び心で生漆を塗ることをオススメします。
例えば、先がハゲてしまった木製のお箸をお持ちであれば、生漆を筆でちょこっと塗って、ティッシュで拭いて、毎回漆風呂で乾かしてください。それを何度か繰り返すことで、お箸の先が天然の漆でコーティングされて、補強され、また安心して使えるようになります。(何回繰り返すかは、あなた次第)

他の例では、私の友人は100円ショップで売っていた木のまな板に生漆を3回塗り(余った生漆を、つぐキットに付属している白いヘラで全面に塗っては布で拭き取り乾かすことを3回繰り返した)、漆塗りの素敵な自家製まな板を作っていました!漆は天然の抗菌効果があると言われているので、食品をのせるまな板のコーティングとしては、相性がいいですよね。
そして私は最近、木の素地でできたフライパンのヘラをいただいたので、生漆を3回塗って、現在使用しています。
金属のヘラだとフライパンの底を傷つけるし、化学製品やウレタン塗装(プラスチックの一種)はあまり好きではないので、せっかく金継ぎをマスターして漆を扱えるようになったので、木には漆を塗って、安心してぞんざいに扱っています(笑)禿げたらまた漆を塗って補強して使おうという気持ちです。
ちなみに、漆を塗る対象は、木の素地だと問題ないですが、何か他の塗料が塗ってあるものの上から生漆を塗ることはあまりおすすめできず(他の塗料との相性が悪いらしいです)、あくまで木の素地の上から(あるいは、塗料が禿げてしまったところに)生漆を塗るのが良いそうです。
まとめ
- つぐキットは陶磁器用ですが、本物の漆を含むため、漆器にも使用できる可能性はあります。しかし、難易度が高いのでおすすめしません。
- つぐキットや蒔絵キットを使って禿げた蒔絵のリタッチが可能ですが、元の質感と完全に同じ仕上がりにはなりません。
- 木製品の漆塗りは何回も漆を塗り重ねるため、1回の塗布では不十分です。しかし金継ぎの余った漆は、禿げたお箸などの補強に活用できます。
金継ぎは陶磁器の修復に最適な技法なので、漆器や木製品の修理には向いていないです。
まずは陶磁器の金継ぎをやってみて、コツを掴んで、それでも挑戦したい方は、(キレイに仕上がる保証はありませんが)「経験」と思ってチャレンジしてみるのは良いかもしれません。
あいにく当社では、木製品・漆器の修理は承っておらず、陶磁器とガラスのみの修理を専門にしています。
もし大切な漆器を確実に直したい場合は、購入したお店を通じて、専門の修復師に依頼するのが安心です。
この記事を読んで、修理する素材の違いと漆の特性を理解いただき、大切な漆器の修理の適切な選択肢を選べるようになっていただけるとうれしいです!
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生漆の消費期限は1年。使いきれなかったら買い替えを!
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