「本やウェブサイトで、金継ぎにテレピンを使っているやり方を見たけど、どうしてつぐキットにはテレピン油が入っていないの?」
「職人は金継ぎにテレピン油を使っているようだけど、テレピン油は必要ないのですか?」
というご質問をいただくことがあります。
つぐつぐの金継ぎキット「つぐキット」にテレピンが入っていないのは、「入れ忘れ」や「金継ぎキットのお値段を安くするため」ではありません。
つぐつぐの金継ぎキットでは、あえてテレピンを使用していないのです。
その理由をこのページで、詳しく解説します。
テレピンとは何ですか?
テレピン(テレピン油)は、針葉樹の松脂を蒸留して得られる天然の揮発性油です。古代エジプトでも使われていたとされ、長い歴史を持っています。香油や殺菌剤、絵画用の溶剤としても活用されてきました。
産業的・工業的な大量生産が始まった19世紀中頃。アメリカなどで生松脂からガムテレピン油とガムロジンの工業生産が普及し始めました。つまり、産業的に広く使われるようになったのは、近代以降のことです。
金継ぎとテレピンの歴史的関係

金継ぎの技法が確立したのは、15世紀の室町時代から安土桃山時代ごろといわれています。蒔絵の技術を用いて日本で発展し、漆と天然素材のみで器を修復する技術として確立されました。
当時の文献や技術記録には、テレピンの使用は記されていません。つまり、テレピンは金継ぎの伝統技法には含まれていないのです。
テレピンが日本で使われ始めたのは、絵画や西洋工芸の影響を受けた近代以降(20世紀~)と考えられています。現在では、作業性や仕上がりの向上を目的に、一部の金継ぎ教室や漆職人が使用しています。
テレピンが金継ぎに使われ始めた理由とは?
テレピンには高い溶解力と揮発性によって、作業性や仕上がりを向上させるメリットもあり、近代以降、漆芸・金継ぎで補助的に使われるようになりました。
以下が、テレピンが漆芸で使われる主な理由です。
- 希釈剤としての役割:漆に混ぜることで粘度を下げ、器に漆が染み込みやすくなります。夏の高温多湿で漆の粘度が高まる時、少量のテレピンを加えると、漆を塗りやすくなります。ただし揮発が早く、すぐに効果が薄れるため、頻繁な追加が必要です。
- 乾燥調整:乾燥速度を調整することで、質感や見た目を調整できます。
- 道具の洗浄や拭き取り:定盤やヘラに付着した漆を落とす際に便利です。

テレピンはもともと西洋絵画や油絵の分野で使用されていたため、その利便性が漆芸にも取り入れられました。
このように、テレピンは実用的な理由から一部の場面で用いられていますが、現代でもその使用は補助的・選択的であり、伝統的漆芸の主流ではありません。
金継ぎで「灯油」を使うことがあると聞いたのですが?

灯油が金継ぎや漆芸で使われ始めたのは明治時代以降。石油の普及とともに工芸分野にも導入されたといわれています。
テレピンと灯油がどのように使い分けられているかは、以下の通りです。
- テレピンと灯油は、用途や作業者の好みによって使い分けられています。
- テレピンは「漆の希釈」や「粘度調整」に使われることが多く、灯油よりよく使われている印象があります。
- 灯油は「作業後の道具の掃除」や「安い筆の油分除去」に使われることが多いです。
ただし、テレピンも灯油もどちらも金継ぎの伝統技法の本流ではありません。伝統的な金継ぎ・漆芸の主流は「漆と天然素材のみ」です。
テレピンなしで金継ぎはできるの?

はい、もちろんです。
つぐつぐの金継ぎキット「つぐキット」では、漆の洗浄にはご家庭の食用油を、器の油分除去には「エタノール」を使用します。エタノールは、感染症予防にも使われている消毒用アルコールや無水エタノール、どちらでも代用可能で、薬局で簡単に購入できます。
これらは臭いも少なく、安全性も高いため、家庭でも安心して使用できます。
金継ぎのどの工程も、テレピンを使わずに美しく、伝統的な仕上がりを実現できます。
つぐつぐがテレピンを使わない理由?

作業効率を向上させるためにテレピンを用いるという選択肢も考えましたが、以下の5つの理由から、つぐキットにはテレピンを入れないことに決めました。
1. 伝統技法に基づいた本流の金継ぎを楽しんでほしい
つぐつぐの金継ぎ教室やキットは、できる限り本来の技法に近い形で構成されています。テレピンを使わなくても、漆と天然素材だけで十分に美しい修復が可能です。
2. 健康への配慮
テレピンは天然由来ですが、揮発性有機化合物(VOC)であり、吸い込むことで頭痛、眠気、倦怠感、呼吸器への刺激などの症状を引き起こす可能性があります。また、皮膚や目への刺激も強く、家庭で使用するには注意が必要です。
厚生労働省も、室内のVOC濃度に基準を設けています。テレピンの多用はシックハウス症候群の原因となる可能性があるため、使用を避ける職人も増えています。
さらに、テレピンは引火性が高く、火気厳禁です。中毒性も指摘されており、使用には十分な換気と注意が必要です。こうした点から、生活空間でのテレピンの使用は、金継ぎの敷居を高くしてしまうと考えました。
3. 匂いの問題

テレピンには非常に強い臭いがあります。たった1滴でも空気中に素早く拡散し、部屋中に臭いが広がります。換気をしても臭いが残りやすく、生活空間に長く残ることがあります。自宅で金継ぎを楽しむ際、他のご家族やお子様のことを考えると、この臭いが大きな負担となることもあります。
4. 劣化しやすい(品質が下がる)
テレピンは空気に触れると酸化しやすく、不揮発性の樹脂質ができてベタベタになりやすい性質があります。揮発が早く乾燥後はあまり残留しないと言われていますが、粗悪な油や混合物を漆に多く入れてしまうと、乾燥不良や耐久性の低下リスクが高まりますので、初心者が誤った使い方をしてしまうことを懸念しました。
5. 輸送の制限
テレピンは国内外で「危険物(引火性液体)」として法令で規制されています
国内輸送でも消防法上の「危険物」に該当し、「第4類引火性液体・第二石油類非水溶性液体」として、規定に従った容器・積載・表示・運搬方法が必要です。輸送時は「危険物」としての表示・積載・漏洩防止措置が義務付けられ、
食品や飼料と一緒に輸送してはいけません。
さらに国際輸送では、非常に厳しい規制があり、航空便での送付が困難です。そのため、海外のお客様へ金継ぎキットをお届けする際の大きな障害となります。

まとめると、世界中のお客様が、つぐつぐの金継ぎキットを使ってご自宅でも安心して金継ぎを楽しめるように、そして本来の伝統技法に忠実であるように、あえてテレピンを使わない方法を選んでいます。
それでもテレピンを金継ぎに使いたい方へ

テレピンは便利な溶剤ですが、伝統的な金継ぎの中では必要不可欠なものではありません。
私たちつぐつぐは、皆様が正しい知識とともに安心して金継ぎを学び、ご自宅でも安全に楽しめるように、あえてテレピンを使わない道を選んでいます。
しかし人それぞれの考え方があり、テレピンを使うことは決して悪いとは思っていません。
大切なのは、メリットとデメリット、そしてこれまでの歴史をふまえて、正しい理解をした上で、選択いただくことだと思っています。
何より、金継ぎを安心して楽しんで続けていただきたい思っています!
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